
先日、10代後半の男が「最近、人付き合いに疲れました…」と俺に言った。
今年に入って仕事上の関係でよく会うことも多い彼だが、明るくユーモアもあり友人は多そうだ。ある日食事を共にした時にも相変わらず忙しそうにケイタイと向き合っている彼に「友達?それにしても、いつもこまめだねー」と言うと、先ほどの言葉が返ってきたわけだ。
今はケイタイやネットなどの普及で、10代のコミュニケーション範囲は驚くほど広がっている。ある調査によると10代の携帯のアドレス帳には、友人知人だけでも平均4〜50人の登録があるという。多くの人と触れることはコミュニケーション能力を磨くのには良いとはいえ、双方に質のよいコミュニケーションが築かれているかどうかは疑問が残る。
自分を伝えるため、知ってもらうため、相手を知るためにコミュニケーションはなくてはならない。ところが最近は、あらゆる人、場面で悪いコミュニケーションが目立っているように思う。ひとりよがり、うけ狙い、同調、己を見失う、使命感、品性を欠く・・・。前述の「疲れる」状態は、そういった悪いコミュニケーションが、精神・心の疲弊を招いてしまうのではないだろうか。
なぜ悪いコミュニケーションが生まれるのかといえば、ひと昔前と比べ出会いが求めやすくなった結果、少しでも自分と合わない相手とは、時に意見をぶつけ合ってでも深くコミュニケーションを図ろうとせず、ケイタイやネットで、最初から自分に同調してくれる安直な出会いばかりを求めていくことが可能になったからだと思う。
ぶつかりあって初めて生まれる友情や愛情だってたくさんあるのに、そうした多くの安易な出会いがそれを知ることさえ阻んでいるのかも知れない。
けれど人間はどんなに多くの友人知人がいても、どこまでいっても、孤独感は無くならない。人はいつも寂しい。寂しいから、今の10〜20代は1日の3分の1をケイタイやネットに費やしているとまで言われているわけで、その寂しさを埋めて和らげるのは、よい出会いと質のよいコミュニケーションではないだろうか。

質のよいコミュニケーションとは、「知識、品性、愛情のあるコミュニケーション」だと俺は思っている。
具体的には、「波長を合わす」「急ぎすぎない」「結果を焦らない」「うるさくしない」など、相手が伝えたいことを五感で汲み取り、相手に対して最善の心配りを持つことが大事だ。
そして、お互いにとって心和むバランスのとれたコミュニケーションを育むことが、さらなるコミュニケーション能力を高めていく。また、これが俺の求めるかっこいいコミュニケーションの理想でもある。
今の10代やこれからの世代には、多くの出会い、多くの情報の波の中で生活していかなくてはならないので大変だと思うけれど、正しい判断のできる知識の習得を心がけ、質のよいコミュニケーション能力を養っていってもらいたいなと思う。